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第19回 これも忍術?
三重大学人文学部 教授 山田 雄司
三重大学では「忍者部」をつくり、手裏剣の練習をするなどの活動をしているが、これからは「忍術」の再現実験もしていこうと考えている。忍術書には数多くの「忍術」が記されており、その中には、これは絶対に効果がないだろうと思うものから、かなり有効と思われるものまで多数記されている。伊賀流忍者博物館所蔵『松村流松明 甲賀流武術秘伝』には、生活の知恵のような術も数多く記されているので、その中からいくつか紹介したい。
海中の水を取事
海中に水すく有之もの也、汲上暫く過て塩は沉むもの也、其時上水を取用る也、
海水から水を取り出すには、海水を汲んで置いておけば、しばらくして塩が下に沈むので、上水を取ればいいと記している。しかし、海水を置いておけば塩が沈殿して上部が真水となることはありえないので、これは明らかに間違っている。
毒を知る術
湯茶酒なとに向ひ我影うつらさるは毒有と知へし、
液体に毒が混ざっているかどうかは、そこに自分の姿が映らないときは毒が入っているという。これも全く根拠がない。おそらくは液体に自分の姿が映らないということから、消える=死ということをイメージし、毒が入っていると結論づけているのだろう。
人睡法
山ひる陰干にしてこよりにしてともすか、又は火にたくへし、
人を眠らせる方法として、ヤマビルを陰干しにして燃やすとよいという。果たしてこれで眠らせることができるのかわからない。また、赤鮧(エソ)の肝を取って日に干して乾燥させ、それを燃やす方法も記されている。逆に眠らなくする方法もある。
夜中不寝薬
挽茶四匁 蜊(アサリ)陰干四匁 各等分合用ゆ、
抹茶とアサリを干して粉末にしたものとを混ぜて飲めば、夜中も眠らないという。抹茶にはカフェインが含まれ、アサリにはタウリンが含まれているので疲労回復に役立つ。これを混ぜて飲めば眠くならないというのは、一定の効果があると言える。
百日百夜寝すして気力おとろへさる法
昼夜寝さる事連日なれは、気力つかれて事を勤むる事成難し、此時は牡蛎のからを粉にしてのむへし、気力強く事をつとむるにものうからす、
百日百夜寝なくても気力が衰えない方法として、牡蠣の殻を粉にして飲めばよいという。牡蠣の殻の成分は大部分が炭酸カルシウムで、その他ミネラル等も含まれ、現在では主に肥料として用いられるが、6世紀に記された『神農本草経』にも記されるように、漢方薬として胸焼けや慢性胃炎の抑制、食欲不振の改善などに効果があるという。しかし、殻自体に気力を沸き立たせる成分が含まれてはいないようである。牡蠣の身の方にはタウリンなどが含まれているので、気力を増進させるのに効果があるものと思われるが、それでも百日保つことはできない。
そして、煙にむせばない方法として、ぬれ手拭いで顔を包んで走ることと、大根の絞り汁を紙に何度も湿らせては乾かすことを繰り返し、煙の中に入るときはそれを口の中で噛めばよいと書かれている。前者は納得できるが、後者はどうだろうか。いろいろ実験してみて、有用な「忍術」を現代に甦らせてみたい。