ここから本文です。
第11回 忍びに必要な十の要素
三重大学人文学部 教授 山田 雄司
一人前の忍びとなるためには、さまざまな術を身につけなければならない。その際、最も重要となるのが心の面である。『万川集海』巻第五「忍者可召仕次第ノ事」には忍びとして必要な十の要素が記されているので、以下に現代語に訳して掲載する。
第一、忠勇謀功信の五つがあって、心身健康な者。
第二、平素柔和で、義理に厚く、欲が少なく、理学を好んで、行いが正しく、恩を忘れない者。
第三、弁舌に優れて智謀に富み、平生の会話もすぐに理解し、人の言う理に乗じて欺かれることを大いに嫌う者。
第四、天命を知って儒仏の理を兼ね備え、死と生は天命であることを常に心がけ、欲望から離れることを常日頃から学び、先哲の言葉をよく理解している者。
第五、武士の規範を知ることを好み、古武士の忠勇心をもち、義を重んじて主君に代わって命を差出すことができる者。あるいは智謀により敵を滅ぼした和漢の名士の風を聞き伝え、軍利戦法に関心があり、英雄の気概を備えた者。
第六、平素は人と諍論することを好まず、柔和だが威厳をもって義理深く、表裏のない善人としてよく知られている者。
第七、妻子あるいは親族等がみな正しい心をもっていて、反り忍の害がない者。
第八、諸国を廻って諸所の国ぶりをよく知っている者。
第九、忍術をよく学び、謀計に敏感で、文才があって書をよくし、最も忍術になれていて軍利に志が厚い者。
第十、軍術は言うに及ばず、諸芸に通じていて、詩文あるいは謡、舞、小唄、拍子、物まね等の遊芸に至るまで、時宜にかなって使うことができ、時間を埋めることができる者。
この条項を見てわかるとおり、まずは心身が健康であって、己に厳しく精神的に卓越しているといった人格者であることが求められている。そして、温厚な性格で義理を重んじ、堂々としていて表裏がなく、忍術だけにとどまらず、さまざまなことを学んで精通していなければならない。また、本人だけでなく家族も正しい心を持っている必要があり、決して寝返るような心を持っているような人であってはならなかった。さらには、多方面の芸能も身につけていて、時と場合に応じて使うことができなければならないなど、あらゆる方面で長けている必要があった。
忍びはいろいろなところに自在に侵入できる術を身につけていたことから、物を盗むようなことはたやすいことである。しかし、そうしたことをしてしまえば盗人であり、道義的に許されるものではない。なので、私利私欲に走ることを厳しく戒めているのである。また、常に死と直面した場において活動しなければならなかったことから、厳しく自己を律することのできる人物でなければ、到底危険な任務を遂行することはできなかったに違いない。
これらを兼ね備えることはなかなか容易なことではなく、実際にも希有であったようだが、それを身につけている人のことを「上忍」と呼び、主君はそうした人物をよく見極めて用いたならば勝利を得ることができるとしているのである。